Narvikログ

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鹿島建設「女性社員の為に建設現場にパウダールーム設置」は果たして的外れな配慮なのか? それとも女性の活躍・昇進に繋がる効果的な試みなのか? を読んでの雑感

 Twitterのまとめを読んでいたらこういうまとめがあった。

togetter.com

フェミストとは何だろうか。

どうもTwitterを観ていると最近そういった人達が暴走しているように思える。

無論のこと、Twitterというのは別に個人の呟きである以上は思った事をつぶやいてもいいのだけれど、しかしながらその呟きを読んでいると些か僕には良く分からないというか、端的に言えばちょっと厚かましいのではないだろうかというのが目につくことが多い。

じゃあ、お前は女性が働く事が嫌なのか、というとそうではない。

むしろ僕としては増えてほしい所ではある。

とはいえ建設現場の記事のまとめから読み取ると、本当に記事読んだのかと思う。

 

そもそもフェミニズムとは何か?

 

フェミニズム(英: feminism)とは、女性に対する性差別(女性差別)の撤廃を目指す思想や運動である。直訳すると「女性主義」であるが、リベラル・フェミニズムやラディカル・フェミニズムなど、フェミニズムの思想は多様であり、一本の思想と考えることはできない。対置概念はマスキュリズム。

出典:フェミニズム - Wikipedia 

こうして調べてみると、やはりこの今回のは頭をかしげてしまう。

 その「鹿島たんぽぽ活動」から生まれた現場改善策の一つとして、現場に従事する女性技術者・技能者のための「パウダールーム」の設置を進めています。パウダールームは現場の女性たちの意見を反映させた仕様となっているため、使用する女性たちからは、使い勝手が良いと大変好評です。また、機械監視とカードキーによる入出管理などセキュリティにも十分配慮しています。 現在、京急大師線JV工事、外環国分JV工事、外環本線トンネル(南行)東名北JV工事の3現場にて、それぞれに適したパウダールームを検討のうえ、導入しています。 

 出典:女性が働きやすい現場を目指して「パウダールーム」を展開

 パウダールームは現場の女性たちの意見を反映させた仕様となっているため、使用する女性たちからは、使い勝手が良いと大変好評です。

とある。つまりは実際に働いている人たちからの要望があって生まれたものであり、批判的な意見とは真逆の内容という事である。

むしろこうした動き自体は就職しやすさを加速させるであるし、そう考えると、批判より肯定し、より良くするべきではないかと思うのだが。

 

社会的な変革ではない

 

まず定義として国や自治やるべきこと=社会的な政策として、今回の建設現場の改善は明らかにもっと下の層である。少なくとも国単位での政策ではなく、もっとも良くしようとした小さな動きだ。

であるのに何故か全く関係の無い人が憤っている。これは何なのだろうか。

果たしてそれに文句を言っている人たちは内情を知っているのだろうか。それともすべての会社は自分たちが満足する最強の制度を作らなければ満足しないのだろうか。

そんなのは無理である。

例えば立場が違うし、そもそも個人で出来る事と出来ない事がある。

人によっては速く走れる人もいるだろうし、かといって怪我などで出来ない人もいるだろう。ましていきなり全員が満足するような結果を出すことはできない。

これは会社とて同じだろう。ブラックの会社は良くないが。

ただ今までから変化をするという事はそれに伴い金も発生するし、仕様変更だってあるだろう。それを考えるならばどうやってそれを広めるか、あるいはそれの運用だって考えなければならないし、もしかしたら新しい形として実際に何かを作る必要だってある。

むしろここで向けなければならないのは今ままで動きとして無かった業界が、そういった動きを始めた事であり、女性が入りやすい様に動きを活発化させてきたという面に向けるべきであって、決して最強の俺ルールを厚かましくいうべき状態ではない。

始めたばかりでありながら、自分が気にいらない事に対して否定的な言動をとるというのはただただ己たちの望みを潰す行為であり、長期的にみれば女性が働く未来を潰す行為に他ならない。

そうして考えると果たしてTwitterにいるフェミストとは本当にフェミストなのかという疑問が湧いてくる。

正直なところ、ただただ不満があり、それをぶつけているだけなのではないだろうかと思う。

 

利益は直ぐに手に入らない

 

構造的に流れてとして全体→個人の流れである以上、個人個人の利益はいつ回ってくるか分からないものである。しかしながら思想や運動といったものは得してそういったものだ。

個人の利益が欲しいのであるならば、自分の力で叶えるのがもっとも早い手段で、社会的な運動より自分自身へと注力した方が良いだろう。

全体の利益を考えるならばやはり今回の動きというのはいつか回ってくるだろう利益を潰す行為であり、何故という感想しかわかない。

まとめのは個人の呟きではある。

しかしながら自分がやった以上は、自分が行った事がそのまま帰って来ても文句は言えないだろう。少なくともニュースにおける批判をした以上はそれに対する批判が起こることも必然だろう。

では発言をするべきではないのかというとそうではない。そもそも人は間違うし、視点を持っていなかったというのであるならばそこで変えれば良いだけである。

だが大抵の場合は忠告というのは言葉が届かない。まぁ人間はみたいものしか見れない以上は仕方がない部分ではある。

ただ危惧というか、気になるのはこうした動きが一般化しつつある事だ。

より良くする為の行動であるならば良いが、現在だとただ不満をいい、それによりただ憎しみを互いに高めているだけの様に思えている。

本来であるならば、互いに認め合う事により、全てに利益が行きわたる事は無いにしてむ、多数に多くの利益が行くようにすべきなのではないだろうか。

少なくとも僕はこうした運動を不満で潰すのではなく、動きを認めて、そこから更に善し、より良くする方が良いと思う。少なくとも今回の場合であるとシャワールームなどは実際に現場にあったら僕であれば嬉しいあろう。

そうした事から考えるに、鹿島たんぽぽ活動はこれからも続けてもらいたいものである。

そして出来れば、もっと全員が楽に、なおかつ良い生活になればいいと思っている。